中国人シェフの粋な計らい

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大学1年の冬,私は玉砕覚悟で好きな人に告白をした。どのくらい玉砕覚悟かというと,事前に傷心旅行の準備としてホテルの予約を済ませていたほどである。幸か不幸か,ホテルの予約が無駄になることはなく,無事に傷心旅行をすることになった。どうせなら厳しい旅を演出しようと思い,名古屋から神戸まで原付で行くことにした。これがまず大きな過ちであった。

 

というのも,冬に原付で走るのは,想像を絶する寒さなのだ。あまりの寒さに四肢の感覚は途絶え,歯は壊れた人形のようにガタガタと震えた。このまま走行するのは危険と判断し,途中のガストで休憩をすることにした。依然として薬物中毒者のよう震えは止まらなかったが,暖かい店内に入れたことで少し安心できた。そこで油断をしてしまい,高度な箸さばきが要求されるシャケ定食を注文してしまった。震える手では箸が上手く持てなかったので,仕方なくスプーンでシャケ定食を食べた。しかし,震えは止まらないのでスプーンでも上手くシャケを取ることができず,震えるスプーンからシャケはボロボロと零れ落ちるだけだった。それはまるで,女の子の心(スプーン)に受け入れられない私の愛(シャケ)を暗示しているようであった。老若男女,誰しも愛の喪失はシャケられないのである。

 

さて,紆余曲折を経ながらも,なんとか神戸の中華街にやってきた。せっかくだから何か中国らしいものを食べたいと思い「北京ダックロール」を食べることにした。これは,北京ダックと刻んだキュウリに泥のようなソースをかけ,米粉のクレープで巻いたものである。この泥のようなソースは今まで食べたことがない味であったが,なかなかコクがあっておいしかった。ただ,強いて言わせてもらうとすれば,米粉のクレープ生地が少し硬くて紙っぽいなと思った。それでも,ここは本物中国人シェフが腕を振るう中華街。これが本場の生地なのだろうと納得させ,気にせず食べた。

 

しかし,半分ほど食べたあたりから,やはりその噛み応えのありすぎる生地が気に食わなくなってきた。もしもこれが本場の味と言うなら,中国人に笑われてもいいから,ジャパイナイズされた偽物でいいなと思った。オリジナルの料理からジャパイナイズされたものと言えば,ナポリタン,カレー,オムライスなど,どれも美味しいものばかりである。実際,ジャパイナイズした方が美味しいのではないかと思い,北京ロールを(心理的に)見下した。さらに(物理的にも)見下ろした。すると,

 

 

 

(微グロ注意)

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紙みたいな生地ではなく,本当に紙を食べていたのだ。中国人シェフは気を利かせて,包み紙を2重にしていてくれたのが,逆にそれが仇となったのだ。自分が紙みたいな生地を食べていたと思ったら,実際に紙を食べていたことを知ってすごく楽しい気分になってきた。いつもなら,

 

「ちょいちょいちょーーーい!!! これ紙みたいな生地じゃなくて,本当に紙じゃないですかーーー!!!(ズコー!!!)(朝鮮中央放送のモノマネをしながら連続でんぐり返しをし,服を引きちぎる)」

 

としていたところだが,そこには友達も恋人も誰もいなく,自分ひとりであることに気がついた。1人でそんなことしたら変な人と思われてしまうかもしれないので思いとどまった。そして,消え入るような小さな声で「アッ…紙ジャン」と言って,無音カメラでこの写真を撮った。

 

その瞬間,自分がとても惨めに思えた。原付で神戸まで来て,中華街で紙を食べ,そして1人で「アッ…紙ジャン」と言う。その「アッ…紙ジャン」という弱々しい声があまりにも情けなく思え,視界が潤んできた。2重の包み紙を剥がして,本来の北京ロールを食べるととてもおいしかった。

 

 

でも,あれ…?さっきよりしょっぱくなってきたな…グスン

ちょっとシェフ…これ塩入れすぎじゃないですか…(笑)...グスン

ちょっと濡れてるしさ….グスン

 

 

包み紙が2重であったので,涙をぬぐうものには困らなかった。