アメリカでスベれ!!

アメリカに来てから,もう1学期が終わろうとしている。日本での大学生活と比べて,様々な面で違うことが明らかとなった。ここで,アメリカのごく一部だけを取り出し,「日本はこれだから~」と批判するつもりは毛頭ない。しかし,この点だけは,日本人も見習うべきだと思うことがある。それは,「授業中にスベる」ということだ。

 

まずは,日本特有であると考えられる文化について紹介したい。日本,特に,学生の中には「シラけ笑い」という文化が存在すると考えられる。これは,笑いを誘うことを期待した行動や発言をするも,笑いが起こらず,しばらくの沈黙の後,その状況を愉しんで笑いが起こるという現象である。また,これに関連して「OOキャラ」という文化も存在する。これは,人物を特定のカテゴリに当てはめることであり,そのうちの1つに「シラけキャラ」というものが存在する。シラけキャラがどんなことをしたとしても,最初は笑ってはいけないという雰囲気が先行し,しばらくの沈黙が続いた後,ようやく「でた!シラけキャラ!」といったお約束に落ち着く。

 

正直なところを言うと,私はこれらの文化があまり好きではなかった。なぜなら,内容自体を吟味するというよりは,その人物だけで判断していて短絡的だと感じていたからだ。しかし,アメリカの文化を体験して,日本のこの文化は,むしろ優しさからくるものではないかと考えるようになった。

 

ご存知の通り,アメリカでは生徒による発言の頻度が非常に多い。このこと自体は非常に素晴らしいと思うが,ここで欧米かぶれ野郎のように「日本の学生はだめネ。ムコウでは~」と批判してはいけない。なぜなら,数が多くなるとその分,カスみたいな意見も多くなり,授業進行が遅れるからだ(実例:グラフを見て何が分かるかという問いに対して,グラフの色が赤いと答える)。

 

同様に,授業中の笑いを誘う発言も,その乱用によってクオリティが低下する。一般的にユーモアというのはみんなを和ませる心遣いという意味もあるので,基本的には聞き手もその気持ちを汲んで笑うことが大半である。しかし,シラけるときは想像も絶するほどシラける。そのシラけ方は,日本人の私では耐え難いほどであった。

 

日本なら,そういった場面に遭遇した場合,シラけ笑いによって殺伐とした雰囲気から笑いの雰囲気に昇華させるかもしれない。また,そういった行為を繰り返す者が現れた場合は,「シラけキャラ」という免罪符を与えることによって,その人にコミュニティでの居場所を与えてあげるかもしれない。このように,日本人は個人よりも,全体の雰囲気や人間関係を重視する傾向にあると考えられるので,シラけてしまった雰囲気をみんなで解決しようとすると考えられる。

 

一方,アメリカではシラけたのはオレじゃないしと言わんばかりに,シラけた人に対するフォローはない。また,シラけた本人も本人で,空気が凍ってしまったことに対する気まずさを感じさせない。最も印象的だったのは,授業中に盛大にスベった後,昭和のアニメの終わりのシーンみたいなジェスチャーをした後,何事もなかったかのようにノートを取り始めた野郎を見た時である。

 

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(昭和のアニメの終わりのシーン)

 

その不屈の精神に敬意を表すとともに,現実世界でこのタイプのジェスチャーを初めて見たので感動した。

 

今回の経験から,必要以上に心配してせっかくの素晴らしい意見が言えなくなるくらいなら,思い切って言ってみればいいと思えるようになった。仮に,盛大にスベってしまったとしても,「やれやれだぜ…」とおちゃめな空条承太郎のように乗り越えれば良いのである。なんだか,自分の中の悶々とした気持ちが晴れたような気がした。今なら,21年間ためてきたけど,恥ずかしくって表にだせなかった激オモシロ4コマを出せる気がする!大丈夫,きっと大丈夫!!

 

 

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トホホ..........