初めての同棲

大学2年の秋、唐突に一人暮らしを始めた。喧嘩したわけではないが、何となく家を出たくなった。親が出した条件は、全て自分で賄うこと。学費以外の金銭的な援助はしないと言われた。したがって、家賃ができるだけ安いところを見つける必要があった。

 

始めての部屋探しは非常に大変だった。どうして良いか分からなかったので、とりあえず2、3件の不動産屋さんにアポを取って、色々部屋を見せてもらった。私が出したメチャクチャな条件(家賃3万円くらいで美人メイドと美人サキュバス付き)は不動産屋さんを大いに困惑させてしまった。というのも名古屋地区で3万円となると風呂がなかったり、交通の便が悪くなってしまうらしい。

 

そんな中、家賃3万円代で、大学にも近く、さらに名古屋の主要地下鉄である東山線の駅にも激チカの物件を紹介してくれた。これほどの好条件なら、さぞ古かったり汚いのだろうと思いきや、部屋は普通に綺麗で、ユニットバスではあるものの,しっかりトイレと風呂もあり、しかも西向きの三階だったので見晴らしもよかった。逆にこれほどの好条件で低価格だと少し不安になった。ここで誰か亡くなっていたり、近隣に良くないグループの溜まり場でもあるのか??

 

不動産屋さんは、そんな私の不安をかき消すように「こんな良い物件はない!」、「いやー!羨ましい!こいつは一本取られた!」、「早く決めないとなくなるかも?!」とまくし立てた。私も私で、こんなに良い物件を逃したくないと思い、一抹の不安があるものの、その場で決めてしまった。

 

敷金などの初期費用も払ったら、引っ越し業者を雇うお金がなくなったので、友達に頼んで引っ越しをした。彼らには、辛い力仕事の報酬は街かど屋の安定食だけ、という昔のエジプトの奴隷も反乱を起こすレベルの激務をさせてしまったが、しっかりやってくれたので涙がほろり。

 

そして遂に一人暮らしの初夜を迎えた。始めての経験で、ワクワクしながら寝た。すると夜中に唐突に目が覚めた。夜中に目が醒めることなど滅多にないので、驚いていると、激しい耳鳴りがした。そして、肩に重みを感じ、体が全く動かない感覚に気がついた。いわゆる、金縛りである。金縛りは筋肉の硬直やストレスが原因など、霊的なものではないという説が一般的である。しかし、今まで一度もこのような体験をしたことがないことや、この格安の家賃を考慮すると、おかしいかもしれないが、霊的な説をキッパリとは否定できなかったのである。

 

この時、最初に思い浮かんだ感情は意外にも,恐怖や忌々しさではなく、「絶対、部屋を探し直したくない」という事だった。

 

これまでの部屋探しの苦労やめんどくさかった思い出が頭に浮かんでくると、これをもう一度やることに対する恐怖の感情が出てきた。そもそも初期費用でほとんど自分の有り金を使ったので、引っ越すことすらできないと知った。

 

そこで、金縛りにあってる中、私は精神的にも物理的にも抵抗した。私は絶対屈しない、いや、屈せない。なぜなら引っ越すお金も気力もないから。そのようにジタバタしていると、いつのまにか寝ていて朝を迎えられた。

 

それから、夜中にチャイムのビープ音が鳴ったり、絶対落ちないところに置いたスプーンとフォークが落ちたり、ドキドキハプニングが度々あったが、そういった現象に対しても断固たる意志で対抗していたらいつのまにか超常現象は無くなっていた。

 

無いと無いで、少し寂しいものである。もしかしたら、あれは若くして亡くなった美人メイドとサキュバスの霊が私に構って欲しくてイタズラをしていたのかもしれない。そうだとしたら、物件を紹介してくれた不動産屋さんは、条件を全て叶えてくれた凄い人である。マジでありがとう。