なぞなぞ
「でんしゃ内でゲロをはいてしまいました。しかし、だれもそのゲロをもくげきしていません。しゃないに人がいなかったというわけでもありません。いったいどういうことでしょう」
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あれは寒い2年前の冬のことであった。私は20歳になったこともあり、酒の楽しみを覚え始めていた。といっても私は酒が強いわけではなく、アルコールで調子が悪くなることが度々あった。白い便器の前に跪く苦い経験を重ねる中で,私は自分が酒に酔って調子が悪くなる時の方程式を導き出した。
「満腹 X チャンポン」
チャンポンとは、ことなる種類の酒(例:日本酒とビール)を同時に飲むことである。私はこの方程式を発見した際、これを胸にある般若の刺青の横に刻み,二度と過ちを犯さないようにしように誓った。絶対に満腹でチャンポンをしないぞ!!
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しかし、その日はやってきた。私は叔父さんとハイクラスの焼き肉屋さんに来ていた。久しぶりの焼肉かつ上質な肉ということもあり私は調子に乗り肉を食べまくった。そう...満腹になるまで..。
また、酒豪である叔父は私に酒を飲ませまくった。生ビールから始まり、ウーロンハイ、日本酒、そして梅酒...。そう、This is チャンポン...。今、役者は揃ってしまった...!!
梅酒を飲みきった瞬間に私は確信した。あ、これは吐くと。焼き肉で満腹になり,その上数種類のお酒でチャンポンをした。これは自分が絶対しないと誓った方程式なので,腹部の竜の刺青の上(胸)に刻まれた先ほどの誓いはいともたやすく破られたこととなる。つくづく愚かな男であると自責の念に囚われながらも,耐え難い気持ち悪さが容赦なく襲ってきたので反省もほどほどに、すぐさまトイレへダッシュした。
便器に向かってスプラッシュGEROマウンテンをかました後,自分で自分の戒律を守れなかった悔しさと,せっかく奢ってもらった高い肉を吐き出してしまったという申し訳なさが入り混じり,目からも透明なGEROが流れた。もう2度とこのようなことが無いようにしよう。満腹とチャンポンは絶対だめだ。改めてその誓いを首にある不死鳥の刺青の下(胸)に刻み席に戻った。
トイレで吐いていたことを悟られると折角お肉をご馳走してくれている叔父に悪いと思ったので,何事もなかったかのように振る舞った。新たに焼けたお肉?ありがたく頂きます!これなんて読むんですか?杏露酒?飲んでみます!卵スープ?飲みます!え?なんでどんぶりでスープが提供されてるの?腹タプタプになっちゃうよ。あ,次はジャスミン茶割ですか。喜んで。おぉ,このタイミングでハサミで切るタイプのでかいカルビですか。流石叔父さん,渋いっすわ~。あれ,この熱燗いつから来てたの?ってか卵スープまだあったのかよ。これじゃあ,腹いっぱいに...なっちゃう...よ...
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気が付くと私は駅にいた。あれからどれほど食べて飲んだのかあまり覚えていなかった。しかし,パンパンに膨れた腹と朦朧とする意識から,相当食べ飲みをしたのだと悟った。その時点でかなり気持ち悪かったが,その駅から10分で家の最寄り駅に着くので,慣れ親しんだ自宅の便器でリラックスGEROをするために我慢して電車に乗った。ここから5分で1つ目の駅,そしてそこからさらに5分で最寄り駅だ。
電車に乗り込み,窓の外を流れる夜景を見ていると非常に悔しくなってきた。焼肉屋のトイレで吐いた時にもう2度と満腹チャンポンはしないと誓ったのにその5分後には速攻でその誓いを破っていた自分の弱さが恥ずかしかった。結局自分は自分で作ったルールを守れない弱い男なのだ。もはやこれは恥ずかしさではない,怒りだ。怒りが腹の底から込み上げてきた。あとついでにGEROも腹の底から込み上げてきた。え?GERO??これはヤバくないか・・・・!!!!
まだ電車は発車してから2分も経っていなかった。車内にトイレはない。あと8分待って自宅でゆっくり吐こうなんてぬるい話ではなくなっていた。途中下車して,その駅で吐きたかったが,その途中下車駅までも持つか分からないレベルで気持ち悪さが襲ってきた。
途中下車駅まで残り3分。そこそこ混んでいる車内。車内でGEROだけは何としてでも避けたかった。無限に思える3分を唇をかみしめ我慢した。あまりにも強く噛み過ぎたので血がにじんできたほどたった。途中何度もGEROの野郎が挨拶に来たが,その度にGEROから最も対極にあると考えられるキテレツ大百科の勉三さんを思い出してやり過ごした。
そんな工夫のおかげで何とか途中下車駅までこれた。やった!間に合った・・・!
余談だが,家の中で最もお漏らしの場所が多いと言われている場所はご存じだろうか。それはトイレの目の前らしい。人間と言うのは,間に合ったと安心した瞬間気と肛門が緩んでしまうらしい...。どうやら私も例外ではなかったようだ。途中下車駅に着き車両の扉が開いた瞬間に気が緩み、吐いた。
しかし,ギリギリのところで耐えた私は昔のリステリンのCMの人みたいなスタイルでGEROを口の中に留めることに成功した
従って,冒頭のなぞなぞの答えは,「車内で吐いたけど全部口の中で留めた」ということであった。
私はその口をパンパンにさせて手を抑えながら駅のトイレに向かった。口の中のGEROの味を感じながら少し泣いた。こんな醜態をさらすために私は大学に入ったのか...途方もない寂しさと惨めさに襲われ一刻も早く口の中のGEROを開放したいとトイレに急ごうとしたところ,左肩に感覚を感じた。GEROを口に抱えたまま振り返ると中学卒業ぶりの友人が笑顔で肩をたたいていた。
「おっす!DachimiN久しぶり!」
なんでよりによってこのタイミングなんだ。
私は久しぶりの再会による嬉しさと同時に久しぶりに会った友人にこんな醜態をさらしてしまうような自分の運命力のなさを呪った。再会の喜びを表現したかったが,いかんせん口の中にはGEROがあるので口を開けない。中々返事をしない自分を訝しげにみる友人に対して私は素早くスマホを取り出し,この画面を見せた。
これを見た友人はすぐに理解しメチャクチャ笑っていた。とりあえずトイレに行ってこいと急かされ,トイレで口の中のGEROと胃の中のものもついでに出した。そして,友人の元に戻って成り行きを説明した。友人は笑って聞いてくれ,お前も変わったなと言った。何だがその言葉がひっかかった。
確かに中学時代の私はと言えば,自分で決めた勉強計画に従い勉強できた真面目な生徒だったはずだ。それが今や,満腹とチャンポンはだめという至極単純な戒律すらも守れないダメ男に成り下がってしまったのだ。私はその事実を重く受け止め,自分で決めたルールぐらいは守れる男になりたいと心から思った。
この事件が直接の原因ではないが,私は今年の1月よりお酒を一切飲んでいない。そして,金輪際飲まないつもりだ。これからは,真面目だった当時の自分に見せて恥ずかしくないような生き方をしたいと思う。この志はカゲロウのように短命では終わらせないつもりだ。と、背中の弁財天の刺青の反対側(胸)に刻んだ。