5月にアメリカから帰国してから約1ヶ月半、私は朝から晩まで働くプロフリーターとなっていた。その理由は10月に大学が再開するまでの期間を旅に費やしたいと思ったからである。そのような経緯で始めたフリーター生活もついに終わり、資金は十分とは言えないが勢いで旅に出た。
(初日)(7月24日)
荷造りは当日の朝に終わらせた。これから始まる旅への少しの不安があったが、それ以上の期待がスロットルを捻らせた。
最初の目的地は、長野県にあるビーナスラインという有名な道路である。ここは、アルプスの少女ハイジ(見たことはない)に出てきそうな雄大な景色が一面に広がる絶景ロードだ。
そして、その後は初の1人テントをするために陣馬形山キャンプ場に行った。
(写真は朝撮影した)
ここにくるまでに山道を通らないといけないのだが、ビーナスラインで時間を取りすぎて日没直前だったのと、携帯が圏外になりマップが使えないというToLOVEるがあり、半泣きで山道を滑走した。また夜になって急にこれからの旅の心配が募り、3/4泣きくらいなった。何とか耐えて寝ようとしたが、疲れているはずなのに不安で中々寝付けなかった。すると、意味の分からん哺乳類の声(たぬき?)がテントの周りから聞こえ、もう7/8泣きくらいになった。ほぼ泣きそうだったが、明るいブタゴリラを思い浮かべて耐えた。
(明るいブタゴリラ)
朝目が覚めると、雲海だった。
普段目にすることがない景色を見て、やはり旅に出て良かったと思えた。初日からアップダウンがあったが、また前に進めた。
(2日目)(7月25日)
アメリカから友達が来るため、次の目的地は東京になった。彼が泊まる場所がないということで、東京に住んでる友達に頼んだところまさかのOKが出た。優しすぎて涙がほろり。また、別の友達は、私が東京滞在中にバイクを置かせてくれるだけでなく、忙しい中わざわざ富士山まで来てくれて一緒に泊まってくれた。優しすぎて涙がほろり。
というわけでバイクを置かせてくれる友達と合流するために富士山を目指した。
陣馬形山キャンプ場を出て、まず信州大学農学部を目指した。というのも、ここにはちょっとした思い出があるのだ。まだ進路に迷っていた高校生の時、信州大学農学部のオープンキャンパスに行った。一応理系ではあったものの、心理学をやりたかったので、農学部は申し訳ないが第5希望くらいだった。在校生のオープンキャンパススタッフは、すぐにそのことを感じ取り、
「君、やる気ないやろ。大学の話なんて聞いてもしょーがないから遊びに行こうや」
と言って、私を連れ出してくれた。
堂々とオープンキャンパススタッフと書かれた蛍光色のビブスを着た彼は、車で伊那市名物の「ローメン」を食べさせてくれた。途中、ローメン屋さんの駐車場で教授に見つかり、スケスケのビブスで顔を隠してことなきを得ようとしていたが普通にバレてたり、ほかのオープンキャンパススタッフからの鬼電を無視して遊び回してくれた破天荒さが嬉しくて楽しかった。
そんな思い出があり、4年ぶりにあのローメンを食べたくなったのである。しかし、4年前ということで、お店の場所は全く覚えていななかった。そこで、はじめてローメンを食べる人には、ある程度有名なお店に連れて行ってくれたのではないかという仮説を立てて、現地の学生に有名な店を訪ねる作戦をした。すると、奇跡的にあるお店が一致し、ここに違いないという確証がうまれた。
お店の名前が一致したことに4年越しの運命を感じて、ワクワクで向かったところ、その日だけ閉まってた。逆に運命か。そもそも、その店は明らかに4年前の店ではなかった。というわけですぐに諦めて近くの萬里というお店に行った。
ローメンは羊肉とキャベツの焼きそばみたいなもので、独特な味が好き嫌いを分けるかもしれないが、個人的には好きだ。また、ふらっと寄った店だったが、ここがローメンの発祥の店らしい。
次に、「君の名は」の糸守湖のモデルとなったと言われている諏訪湖に行った。
夕暮れ時に来たらもっと良かったと思ったけど、早く富士山まで行かないといけないので、惜しみながらも去った。
そして、そこから富士山を目指して3時間ほど走った。あと少しで合流地点に着くというところで、後ろから猛烈なパッシングを受けた。振り向くと笑顔で爆走する友達がいた。そう、東京と長野から別々で出発した2人が、全く同じタイミングで合流できたのだ、
彼曰く、「名古屋ナンバーとお前の雑な荷物の積み方で、一瞬でお前とわかった」とのことだった。荷物の積み方が雑というのは心外だったが、奇跡的な再会に涙がほろり。
また、彼はこれからの旅のために色々差し入れをしてくれた。青汁はいらなかったけど、優しさに涙がほろり。
(3日目)(7月26日)
実はこの日は、はじめて道の駅で野宿した。道の駅の野宿はセーフ寄りのアウトらしい。つまり、アウトといえばアウトなのだが、暗黙の了解で開店前に即サリすれば許される、とインターネットに書いてあったので、つまり、これは正しい。これが現代を生きるインターネット少年の理論展開である。しかし、ダメといえばダメなので、ドキドキで寝た。今後の旅でこのドキドキの下寝ないといけない場面が多々あると思うので、早めに慣れないといけない。
この日は、そのまま東京の彼の家に向かい、バイクを置かせてもらって、アメリカの友達と合流した。
ここからはしばらく東京に滞在して、時期を見計らって北上するつもりだ。東京で良いバイトがあったら教えていただきたい。
旅に出た Part 2