【ハーレムなし】異世界に行った話

person walking on brick pavement

異世界。我々が生活しているこの世界とはまた別にあると言われているもう1つの世界。転生したらどんなニートもたちまち強力な力を得るという。今回は平凡な男子(しいて似てるキャラクターを挙げるとしたらキリトかなーやっぱw)が実際に体験した異世界転生のお話である。

 

 

yellow and black fork lift

あれは今から3年ほど前のことである。当時私は学生だった。大学に通いながらアルバイトをしていたのだが、そのアルバイト先は名古屋弁がきついジジイがたくさんいる職場であった。しかし、方言こそきついが、怒られることなどなく、いつもご飯やジュースをおごってもらい、楽しくアルバイトをしていた。

 

ランチタイムになると基本的に外食をするのだが、忙しい時は弁当を注文するスタイルだった。弁当はおかずの箱とごはんの箱が別れているタイプのもので、ご飯は大盛り無料であった。

ここで今後ジジイといっしょに働く予定がある人にアドバイスをしておくと、ジジイというのは加齢によって自分があまり食べられなくなるにつれて、いっぱい食べる若者を見て、気持ちよくなる生き物なのである。したがって、ご飯を大盛りにすればするほどジジイでいっぱいの会場は「沸く」のである。そこで、いつも大盛りにしていたのだが、そうなると必然的におかずが足りなくなってしまうのである。そんなとき、救世主となるのがいつも納豆を共用冷蔵庫にストックしているゲンさんだ。ゲンさんは毎日納豆を持ってきてしまうので、冷蔵庫の奥では賞味期限切れの納豆がその発酵を加速させ、事務員の女性(ゲンさんはババアと呼んでいた)を怒らせていた。それでも僕にはいつでもニコニコ優しい笑顔で僕に納豆をくれる優しいおじいちゃんであった。そんな平和な日に、異世界の扉は開かれた。

 



ある昼下がり、いつものように弁当を注文した。大盛りでとつぶやくと、ジジイはイエエエエエア!!と舞い上がった。そしていつものようにゲンさんが「納豆食うか??^^」と優しい笑顔で冷蔵庫から納豆を差し出してくれた。念の為賞味期限を確認しつつ、ありがとうございますとお礼を言い受け取った。納豆パックの蓋を外すと、芳醇な香りが鼻を抜ける。慎重に上のビニールを外し、タレをタラリとかけ、

 

おおおおおおおいいいいいいい!!!!なぁにやっとるだぁ!!!!!!!

 

 

突然の怒鳴り声に驚く。おそるおそる声の方を向くと、ゲンさんがいつもの笑顔からは想像できないくらい目を血走らせながらこちらを睨んでいる。ゲンさん・・?まさか僕にキレてる??しかし、全くゲンさんを怒らせた理由がわからない。

 

 

なぁんで、納豆まぜる前にタレかけとんだぁぁ!!!?!!!!!!

 

 

え?なんだそれ??そんなマナーあったか??

仮に、「お茶碗に箸を突っ立てて先端を迷いながらなめる」といった最悪マナーの数え役満だったとしても、ここまで怒鳴られない。

 

それに、自分はこれまでも何度もゲンさんの前でこの食べ方をしていたので、今さら怒られるのも不可解である。すると思いついたのは、高齢化によって情緒が不安定になってしまたという可能性だ。認知症とか更年期とかで説明がつきそうである。そうなればこちらは加害者から被害者に変わる。やれやれ、大変な人に絡まれてしまいましたよと救いを求めるように隣の若めの社員の人に視線を送る。

 

いや、それはないよ。普通まぜてからだよ。

 

救助船かと思ったら海賊船だった。すると、それを発端に、

 

常識だろ。

 

何考えてんだ?タレをさきにかけるな

 

バカタレ!タレなだけに

 

次々にゲンさんに同意する声があがった。

 

試しにググってみたら、たしかに混ぜてからタレをかけたほうがいいと書いてあった。なんでこんなに怒られないといけないのか戸惑いつつも、納豆は混ぜてからタレをかけるようになった。それ以降ゲンさんは、あの血走った目を見せていない。いままでのように納豆を腐らせ、事務員の女性(ゲンさんはババアと呼んでいた)に怒られ、ニコニコしながら僕に納豆をくれる。まるであの日が嘘だったように。

 

time lapse photography of vehicle on road

それから僕は大学卒業と共にバイトをやめた。社会人になってしばらくして、ゲンさんも年を理由に引退したと聞いた。そして、2年の月日が流れ、久しぶりに昔のバイト先のジジイと酒を飲んだ。残念ながらゲンさんは来れなかったが、かつて働いたジジイはほとんど来れた。そして昔話に花がさいてきたころ、ゲンさんの話になった。ゲンさんとババアの大ゲンカ話、間違えて朝5時に出勤しちゃった話、いろいろなゲンさん鉄板トークが繰り広げられた。僕は満を持して、「納豆の食べ方でブチ切れられたよねぇ〜」と切り出した。すると、みなポカーンとしている。あれ?自分にとってはかなり衝撃的な出来事だったのに、みんなそんなに覚えてない?と言っても、真顔で覚えていないという。詳しく経緯を説明しても、そんな出来事はなかったし、タレをかけるタイミングなんていつでもいいだろと言ってのけた。

 

いま考えるとあの日はなにかがおかしかった。優しいゲンさんが怒ること自体がおかしいし、周りにいる人全員がタレ先かけ至上主義者だったのもおかしかった。そして、今、その出来事がなかったことになっている。

 

あの日だけ僕は異常に納豆の食べ方に厳しい異世界へ転生してしまったのか。そうだとしたら、全男性が絶滅して男は俺だけ〜?!とか夢のある異世界がよかった。なんだよ納豆のタレを先にかけちゃいけない世界線って。なっとうくできない。