ドリンクバーで水を飲む

「男」ではなく,「漢」になりたい。それは,自分の意思をしっかりと持ち,どんなことが起ころうともどっしりと構えていられるような,そんな 「漢」 である。例えば,全てを犠牲にしてでも愛する人を守ろうとすることや,煮えたぎる油でいっぱいのたらいの中に火のついた蝋燭の乗った笹船を浮かべ,動かないように耐えるといったことができればそれはもう「漢」であろう。私はそういった漢気に強いあこがれを抱いているため,日常生活で見かけるちょっとした漢気スピリッツも見逃さない。その1つの例として,ドリンクバーで水を飲むマイケル君の話をしたい。

 

私は現在アメリカに留学をしている。私の大学は学食が全てバイキング形式となっていて,値段は13ドル(1500円くらい)とそこそこ良い値段をとる。

 

個人的にバイキングとは、人間の欲望が醜く輝く場所だと考える。普段は,愛だ倫理だと叫ぶ大人も,ひとたびバイキングに入れば,己の欲望のままに食べ物を食い散らかす欲望の化身となってしまう。このような状態は,「漢」という概念とは完全に対局であるだろう。その一方で,友人のマイケルは,どんな誘惑があったとしても,一貫して「漢」を見せてくれるのだ。そう,彼はドリンクバーがあるにも関わらず,絶対に水を持ってくるのだ。

 

もしかしたら,「単純に水が飲みたかっただけじゃないの?」と思うかもしれない。実際もしそうなら,これでこの話はおしまいであるが,極貧スラム街出身の私にとっては,ジュースがタダでGETできるにも関わらず,わざわざ水を持ってくる感覚がどうしても分からなかったのだ。

 

私なりに原因を考えた結果,まず思い浮かんだのが健康志向説だ。ジュースに含まれるカロリーや合成甘味料を気にしているのではないかと考えたのだ。しかし,彼はダブルチーズベーコンバターバーガーや,Teriyaki BBQ  Pizza など,カロリーの化け物みたいなものを好き好んで食べていたので,この仮説は誤りのようであった。

 

次に考えたのが,食べ合わせだ。私は海鮮丼とペプシネックスを同時に食べてしまい当時付き合っていた彼女から別れを告げられた経験をもつ味覚なので一般的意見を言うのは恐縮だが,通常,カレーに福神漬け,おすしにガリよろしく,料理に合う飲み物も存在するらしいのだ。しかし,考えてみれば彼が好んで食べるハンバーガーやピザなどのいわゆるジャンクフードには,コーラやスプライトなど体に悪い飲み物が料理に合うのではないだろうか。

 

実際,彼が何を考えて水を持ってくるのかは判明しなかった。敬虔なクリスチャンとして,ドリンクバーの誘惑と戦っているのだろうか。もしそうなら本当に尊敬に値するし,いつか私も彼のような強い意志を持った「漢」になりたいと心から思う。しかし,先程も述べたように,貧乏スピリットが骨身にしみ込んだ私には,ドリンクバーの権利をいきなり放棄するのはいささか厳しいものがある。まずは,ドリンクバーでジュースではなくお茶を飲むことから「漢」を目指そうと思う。