はじめてのナンパ ~USA編~

今週のお題「怖い話」

 

 

はじめに

誰にでも定期的に見る夢というのがあるはずだ。私の場合は2つある。1つ目は,熱が出る時に見る,3匹のヤギという絵本に出てくるがらがらどんというバケモノにズームインとズームアウトを繰り返すという悪夢だ。

 

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絵本3匹のやぎのがらがらどん


幼少期に読んだこの絵本のトラウマが強すぎて,発熱という苦しさと脳内で結合した結果このような悪夢をみるようになったのであろう。夢というのは抑圧された様々な感情が具現化した姿と考えられ,特にトラウマといった個人にとって大きな意味を持つ出来事が出現しやすいと考えられる。

 

それを踏まえると,私が定期的によく見る2つ目の夢は,まさにこの仮説を裏付けるようなものである。その夢の元となった出来事とは,アメリカ留学中の人生初ナンパとその惨憺たる結末である。

10月31日の悲劇

出来事が起こったのは,10月31日のハロウィンの日であった。私の住んでいた街で一番大きなバーで,仮装をしてダンスをするというハロウィンパーティーが催されており,友人達と仮装をしてそのパーティに参加することにした。当日会場は大盛況で軽く300人くらいはいるように見えた。

 

私たちはドラゴンボールのコスプレをして,そのパーティーに臨んだ。ここでいうドラゴンボールのコスプレとは,悟空やフリーザといったキャラクターのコスプレではなく,ドラゴンボールそのもののコスプレであった。

  

 

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これでは素顔が見えない。(まるで顔が見えていればナンパが大成功していたかのような口ぶり)

 

さて,顔面オレンジに塗り固めた我々だが,会場に入ると委縮してしまい,しばらくはただ視姦することしかできなかった。ジュニアアイドルのような極小ビキニのGalや,すらりとのびた白く大腿の大宇宙(コスモ)をナメクジのようにジトジトと眺め,私は鼻の下と如意棒を伸ばしていた(悟空なだけに)。そんなYoutubeのウザイ広告の導入部分のような残念さに見かねた友人が「ナンパしてみないか?」と持ち掛けてきた。その時,私の判断能力は,目の前に広がる大宇宙(コスモ)とアルコールのせいで著しく低下していた。したがって,いつもなら「ば,ばかいえっ!」と昭和の童貞少年のように断るところ,右腕を見せつけるという謎のジェスチャーをするなどしてしまった。パンドラの箱が開かれたことも知らずに・・・

 

ナンパのいろは

 

おそらく諸説あるだろうが,友人が教えてくれたアメリカ式のナンパは以下のようなものであった。まず,ウィングと呼ばれる協力者を用意し,目当ての女性を見つけたら,まずはそのウィングに「おれにはめちゃクールなフレンドがいるんだけど,いっしょに遊ばない?」など話をしに行ってもらうのだ。この方式は,少なくともウィングを頼める友人が1人はいるという社会的保障を示すことでナンパ成功率を上げる全米スケベ心理学会のお墨付きの方略だそうだ(諸説あり)。

 

そういった経緯でウィングを引き受けてくれた友人は私のお気に入りの女の子を聞いてきた。実は,先ほどからエロい目線をムカデのように這わせている時,時折目線が合うかわいらしい少女がいた。透き通るような白い肌とキリリと鋭い青い目は大宇宙(コスモ)だった・・・1度,目があった時は,ドキッとした。2度,目があった時には,恋に堕ち,3度,目があった時には,相思相愛になっていた・・・・はず(諸説あり)。

 

だったが,中高6年間を日陰と共にした私には,かような勇気など無かった。ましてや今の自分は顔面をオレンジ色に塗り固めた謎の男。きっと相手にしてくれるわけはない。意味がわからないから。もし,コスプレの話になっても「これは,ドラゴンボールを文字通りコスプレするというオモシロで・・」なんて拷問のような解説をしなければならないのか・・・と様々な思案を巡らせ,躊躇をしていると,その少女は帰ってしまった。自分の小心者さを友人に詫びた。友人は「はじめはみんなそんなもんさ。落ち込むな」と励ましてくれた。次こそは,バッチリ決めようと決意した。

 

進む鼓動と時計の針

 

全盛期よりは人の数も減ったが,それでも歩けば肩が触れ合うような状況。気を引き締めて,再びジロジロとミミズのようないやらしい目を這わせていると,少し大人しそうな長身の女の子がスカウターに引っかかった。おそらく普段はこういった場にはめったに来ないが,今日は友人に無理やり連れてこられたのだろう。楽しそうに笑う素振りは見せるものの,時折,ふと視線を落としログアウトするようにも見えた。それはまるで,誰かにここから連れ出されたいと願っているかのように・・・!!

 

しかし,ここでも長年蓄積された垢のようなチキンハートがキリキリと悲鳴を上げ,決断することができなかった。そして,迷える子羊のようにウロウロしているうちについにその娘もどこかへ行ってしまった。

 

徐々に減っていく店内・・・次こそはと思うものの,結局勇気を持てずに次々とチャンスを失っていく。時計の針は深夜1時を指そうとしていた。

 

2時閉店のそのバーには全盛期の半分以下まで人が減り,ウィングを引き受けてくれた友人の顔にも呆れと疲れが浮かんできていた。まずい,本当に次こそ決めなければ・・・・!

 

The last of us

 

まばらな店内を見回すと,アジア人のグループが目についた。先ほどまでは白人を前に躊躇していたが,同じアジア人だとどうだろう,急に自信が湧いてくるではないか。まるで,外国ではマイノリティで肩身の狭い思いをしていたが,故郷ではブイブイ言わせてましたよと言わんばかりの自信が。勿論そんな事実はなく,いつも一人で夕暮れなどを見ていたが,そんな暗い過去もウォッカで流し込み,まっすぐアジア人のもとまで進んだ。

 

目の前に対峙し,何と声をかけるか考えずにここまで来てしまったことを急に恥ずかしく思えた。しかし,今こそ自分を変える時だ。願いをかなえるのに,ドラゴンボール神龍もいらない,いつでも自分の意志だ!と息巻き,

 

ウ,ウェイ!いっしょに踊らない?

 

と決めた。我ながらパンチライン,炸裂したと思った。振り切ったダサかった昔の俺。

 

 

アジア人は,突如として現れた王子を前にほほを赤らめ,ごにょごにょと何かつぶやいていた。店内にとどろく爆音のせいでこの可愛いシャイガールが言っていることが全然聞き取れなかった。思わず唇が触れ合ってしまうくらいの距離まで顔を近づけ言葉を聞き取ろうと努める。

 

・・・・!!

 

What?

 

・・t・・u・・!!

 

What?!

No Thank you!!!

 

は?ゑ?

の,ノーサンキュー?!?!

これは,つまり,え,ちょっとまって。だめってこと!?

 

え,ちょっとまってなんて嘘松しか言わないセリフが自然とあふれた。先ほどまでの「アジア人ならいけるっしょ」と息巻いた自分が急にダサく思えてきた。恥ずかしさでみるみる頬が赤らみ,元々のオレンジ色と混ざって朱色になった。それは京都の紅葉よりもきれいな色だったという。

 

これが,私の初めてのナンパとその残念な結末である。今でも耳元で叫ばれた「No Thank you 」が地獄のフラッシュバックで悪夢として蘇る。因みに発熱すると,ズームインしたがらがらどんに耳元で「No thank you」と言われる,夢のコラボが実現する(夢なだけに)。